復讐の館 表紙

復讐の館

1人目「運が悪かった、ただそれだけだ」

第七章:遅すぎた真実

杉本サトシ、享年きょうねん二十四歳。

死因は急性心不全。

無断欠勤が続いた翌日、心配した木村が自宅を訪ねた。

返事がなく、管理人に開けてもらった部屋の中で、杉本はベッドの上に横たわっていた。

眠るように、穏やかな顔をしていた。

左手首には、腕時計うでどけいがはめられていたままだった。

外傷はなし。

死亡推定時刻は、前日の深夜だった。

同じ頃、剛山も自宅で家族に発見された。

こちらも急性心不全。

外傷はなし。

死亡推定時刻は、杉本とほぼ同時刻だった。

†

二人の死は、すぐに世間の注目を集めた。

東和証券の営業社員と課長が同日に急死。

その直前、顧客こきゃくの老後資金一億円近くが失われていたという事実が重なり、連日大きく報道された。

噂が飛び交った。

杉本が横領おうりょうをして、良心の呵責かしゃくに耐えられなかったのではないか。

二人で共謀していたのではないか。

世間では、根も葉もない話ばかりで溢れた。

噂をする誰もが、本当の——真実を知らない。

†

杉本の葬式は、地方の小さな斎場で執り行われた。

参列者は少なかった。

会社からの花輪が並んでいたが、同僚の姿はほとんどなかった。

木村の姿もない。

ヒソヒソとした声が、式の間も絶えなかった。

「やっぱり何かやってたんじゃないか」

「若いのに急死なんて、ねえ」

棺の前に座った母親は、何も言わなかった。

ただ、息子のサトシの顔をずっと見ていた。

父親は無言で、その隣に座っていた。

†

一ヶ月後、剛山のPCから回収した改かいざん前の稟議書りんぎしょ、メールの履歴、社内システムのログが匿名とくめいでメディアにリークされた。

報道は一夜にして変わった。

「東和証券損失問題、剛山課長の単独行為と判明」

剛山が全ての書類を改かいざんし、部下に罪をなすりつけていたことが白日の下に晒された。

†

リビングのテレビに、釘付けになる老夫婦。

「あの時、あんなに怒鳴りつけてしまって……」

老婦人の声が震えていた。

「杉本さんは何も悪くなかったのに。私たちは、何てことを……」

老夫婦は肩を寄せ合い、嗚咽おえつを漏らした。

罵倒した日のことを、後悔していた。

†

剛山の単独犯が明らかになった翌週、木村は杉本の実家へ訪れる。

居酒屋の暖簾のれんをくぐると、父親が一人でカウンターを拭いていた。

仏間に漂ただよう線香の煙。

木村は杉本の遺影いえいをじっと見つめる。

「あの時、俺が早く動いていれば」

木村の声が詰つまった。

「本当に申し訳ありませんでした」

しばらく、誰も喋らなかった。

母親が、嗚咽おえつを漏らしながら言った。

「サトシは……サトシは、何も悪くなかったんですね」

木村は頷うなずいた。

「はい。全て、剛山課長が仕組んだことでした。杉本は最後まで、何も悪いことはしていません」

父親が、拳をテーブルに置いたまま、天井を見上げた。

母親が、木村の手を両手で握にぎった。

「ありがとう。本当に、ありがとうございます」

木村は深く頭を下げて、杉本の実家を後にした。

夜風が頬ほおを撫なでる。

杉本が最後に見た空は、こんな色だったんだろうか。

そんなことを、ふと思った。

†

夢と現実の狭間にある館。

血なまぐさい拷問器具ごうもんきぐ。

棚に並ぶ不気味な人形にんぎょうたち。

その右端に、新たな一体が加わっていた。

全身を棘とげに貫つらぬかれた、馬うまの人形にんぎょう。

館の外から、猫の鳴き声が聴こえる。

扉が、ゆっくりと、開く。