杉本サトシ、享年二十四歳。
死因は急性心不全。
無断欠勤が続いた翌日、心配した木村が自宅を訪ねた。
返事がなく、管理人に開けてもらった部屋の中で、杉本はベッドの上に横たわっていた。
眠るように、穏やかな顔をしていた。
左手首には、腕時計がはめられていたままだった。
外傷はなし。
死亡推定時刻は、前日の深夜だった。
同じ頃、剛山も自宅で家族に発見された。
こちらも急性心不全。
外傷はなし。
死亡推定時刻は、杉本とほぼ同時刻だった。
二人の死は、すぐに世間の注目を集めた。
東和証券の営業社員と課長が同日に急死。
その直前、顧客の老後資金一億円近くが失われていたという事実が重なり、連日大きく報道された。
噂が飛び交った。
杉本が横領をして、良心の呵責に耐えられなかったのではないか。
二人で共謀していたのではないか。
世間では、根も葉もない話ばかりで溢れた。
噂をする誰もが、本当の——真実を知らない。
杉本の葬式は、地方の小さな斎場で執り行われた。
参列者は少なかった。
会社からの花輪が並んでいたが、同僚の姿はほとんどなかった。
木村の姿もない。
ヒソヒソとした声が、式の間も絶えなかった。
「やっぱり何かやってたんじゃないか」
「若いのに急死なんて、ねえ」
棺の前に座った母親は、何も言わなかった。
ただ、息子のサトシの顔をずっと見ていた。
父親は無言で、その隣に座っていた。
一ヶ月後、剛山のPCから回収した改ざん前の稟議書、メールの履歴、社内システムのログが匿名でメディアにリークされた。
報道は一夜にして変わった。
「東和証券損失問題、剛山課長の単独行為と判明」
剛山が全ての書類を改ざんし、部下に罪をなすりつけていたことが白日の下に晒された。
リビングのテレビに、釘付けになる老夫婦。
「あの時、あんなに怒鳴りつけてしまって……」
老婦人の声が震えていた。
「杉本さんは何も悪くなかったのに。私たちは、何てことを……」
老夫婦は肩を寄せ合い、嗚咽を漏らした。
罵倒した日のことを、後悔していた。
剛山の単独犯が明らかになった翌週、木村は杉本の実家へ訪れる。
居酒屋の暖簾をくぐると、父親が一人でカウンターを拭いていた。
仏間に漂う線香の煙。
木村は杉本の遺影をじっと見つめる。
「あの時、俺が早く動いていれば」
木村の声が詰まった。
「本当に申し訳ありませんでした」
しばらく、誰も喋らなかった。
母親が、嗚咽を漏らしながら言った。
「サトシは……サトシは、何も悪くなかったんですね」
木村は頷いた。
「はい。全て、剛山課長が仕組んだことでした。杉本は最後まで、何も悪いことはしていません」
父親が、拳をテーブルに置いたまま、天井を見上げた。
母親が、木村の手を両手で握った。
「ありがとう。本当に、ありがとうございます」
木村は深く頭を下げて、杉本の実家を後にした。
夜風が頬を撫でる。
杉本が最後に見た空は、こんな色だったんだろうか。
そんなことを、ふと思った。
夢と現実の狭間にある館。
血なまぐさい拷問器具。
棚に並ぶ不気味な人形たち。
その右端に、新たな一体が加わっていた。
全身を棘に貫かれた、馬の人形。
館の外から、猫の鳴き声が聴こえる。
扉が、ゆっくりと、開く。