視界が広がると、俺は古びた鉄の門の前に立っていた。
門に手をかけ、あの館へと向かう。
石畳を踏んで歩く。
足音が館に吸い込まれていく。
扉を開いた瞬間、聞き覚えのある、この世で一番不快な声が聞こえた。
「な、なんだここは。おい、誰かいるか。頼む、ここから出してくれ」
声の先には扉が開かれた鉄の処女。
扉の中で両腕両足を鎖で固定され、身動きの出来ない状態で囚われている剛山。
顔は青ざめ、額に汗が滲んでいる。
俺を見た瞬間、剛山の目付きが変わる。
いつもとは違う、縋るような目線。
「杉本——お前か。助けてくれ。頼む、助けてくれ」
返事をしなかった。
「チッ」
舌打ちをする剛山。
振り返ると、館の主がいた。
深くフードを被り、顔が見えない。
その腕の中に、黒猫が収まっていた。
金色の目がこちらを見ている。
「久しいな」
子供とも大人ともつかない、性別すら判断のつかない、あの時と同じ不思議な声。
「お前に伝えることがある」
黒猫を抱いたまま、ゆっくりと近づいてくる。
「復讐を果たした者の魂は、人形の中に幽閉される。永遠に。二度と外には出られない。苦しみの中で、ただ存在し続けることになる」
静かな声で、脅しでも警告でもなく、ただ事実を告げるような口調で。
「それでも、望むか」
沈黙が館を満たした。
俺は、コクリと頷いた。
黒猫が、小さく鳴いた。
「おい、杉本。何の話をしてるんだ。俺を出してくれ。頼む」
剛山の声が響く。
俺は、剛山が囚われている鉄の処女の前に立つ。
「なぜですか」
自分の声が、妙に落ち着いて聞こえる。
「なぜ、俺だったんですか」
剛山の目が泳ぐ。
「な、何の話だ。俺は何も——」
ギイ――――。
低い音を鳴らし、鉄の処女の扉が、わずかに動く。
剛山の顔が強張る。
「な、なんだ。おい、なんだこれは」
「なぜ、俺だったんですか」
もう一度、同じ言葉を繰り返した。
「し、知らん。お前が勝手にやったことだろ。俺は関係——」
―ギイ―――。
また扉が動く。
剛山の肩に、棘の先端が触れる。
「いっ——」
「わ、わかった。わかった。話す。全部話す」
剛山の声が裏返った。
「俺が書類を書き換えた。根回しもした。俺の地位のためにお前には犠牲になってもらった」
言葉が溢れ出す。
――ギイ――。
「な——なんで閉まるんだ。話してるだろ。話してるのになんで——」
扉はゆっくりと、ゆっくりと閉まっていく。
「やめてくれ。頼む。家族がいるんだ。子供がいるんだ。頼む、杉本——」
杉本は唇を噛み締める。
「それが何だ。俺にもいる。生活を切り詰めて、俺のために全てを注ぎ込んでくれた親父とお袋が。……大切な家族が俺にもいる」
汗だくで暴れ狂う剛山。
「杉本。お前とは長い付き合いだろ。飯も食った。クラブにも連れていってやった。頼む、助けてくれ——」
「全てを押し付けたお前を助ける? 俺が? お前を?」
鉄の処女の扉を、後押しするかのように手で押す杉本。
「す、すまない。本当にすまない……。全て俺がやったことだと認める。だから、ここから出して——」
―――ギイ―。
「いやだ。いやだ、いやだ——」
――――ギイ。
扉が閉まっていく。
棘が、少しずつ体に食い込んでいく。
剛山の声が、叫びに変わった。
それでも、扉は閉まり続ける。
やがて、鉄の処女が完全に閉じた。
一瞬の静寂。
鉄の処女の扉から、ゆっくりと血が溢れ始める。
扉の隙間から、床へ、静かに広がっていく。
館の主がゆっくりと近づいてきた。
黒猫を抱いたまま、口を開く。
「あの者の魂は無へ。永遠に苦しみの中を彷徨うことになる」
視線が、俺に向いた。
「そしてお前の魂は——」
俺はそれを遮るように、左手首を見た。
親父が送ってくれた時計。
あの封筒を渡してくれた時のお袋の顔が浮かんだ。
「ありがとう」
声が震えた。
「ごめん」
涙が、床に落ちた。
その瞬間、体がふっと軽くなる。
全身を棘に貫かれた馬の人形が、かすかに揺れた。
館の主が口を開く。
「ለᚱكᛟመهᚾረᛏقበᚫነᛗወᚢنᛊሀᚦمጸᚨድ」
しばらくの沈黙が続く。
悲しみをたたえた表情で、館の主は、再び呟く。
「……今回も同じ結果だったか」