復讐の館 表紙

復讐の館

1人目「運が悪かった、ただそれだけだ」

第二章:黒猫が導く先

その日の帰り道、空はもう暗かった。

駅までの道を歩きながら、木村の背中がずっと頭から離れない。

あの言葉は木村の優しさだったって。

俺はただ誰かに八つ当たりしたかっただけだったって。

わかっていた。

それでも謝れなかった。

謝る気力も、もうどこかに消えていた。

人混みの中を歩いているのに、誰も俺のことを見ていない。

胸が張り裂けそうなほどの苦しみを……誰も知らない。

この重さを抱えているのは、世界で俺一人だけだと思った。

俺は今、どこへ向かいたいんだろう。

気が付いたら、駅とは反対方向へ歩いていた。

見慣れない路地に入り込んだが、今更引き返す気にもなれない。

どこへ向かうべきかも、どこへ向かいたいのかも、もう何もわからなかった。

路地の角に写る黒いシルエット。

黒猫くろねこは確かにそこにいた。

街灯の光を受けて、金色こんじきの目が静かに光っている。

逃げる気配もなく、鳴く気配もなく、ただじっとこちらを見つめてくる。

なぜかその視線から、目が離せなかった。

しばらく見つめ合っていると、猫はかかとを返した。

路地の奥へ、ゆっくりと歩き始める。

行くべきじゃないとわかっていた。

それでも足が動く。

黒猫が一度振り返り、また歩き始める。

足が、自然と速くなっていく。

路地はどんどん細くなっていく。

街の音が遠のいて、自分の足音だけがやけにはっきり耳に届く。

どれくらい歩いただろう。

気づいた時には、黒猫の姿は消えていた。

俺が立ち止まっていたのは、古い門の前だった。

鉄でできた古い門。

びているのに、妙な存在感がある。

門の奥に見える建物は、洋館とも和館ともつかない不思議なつくりをしていた。

夜の闇に溶け込むような、暗い館。

それなのになぜか、目が離せなかった。

手が、自然に門を押していた。

中に入った瞬間、空気が変わる。

外の騒音は完全に消え、重い静寂せいじゃくが体を包む。

生き物の気配がない静けさじゃなく、何かが息を潜めているような、そんな静けさ。

扉の前に立つと、誰も開けていないのにゆっくりと内側に開いていく。

まるで、まねかれているようだった。

館の中は広かった。

揺れる蝋燭ろうそくの光だけが頼りで、高い天井に影が何層にも重なり合っている。

最初に目に飛び込んできたのは、拷問器具ごうもんきぐ

断頭台ギロチン三角木馬さんかくもくば鉄の処女アイアンメイデンだい——時代も国も違うものが、まるで展示品のように並んでいる。

どれも本物だとすぐにわかった。

使われた痕跡こんせきが、確かにあった。

どれだけの人間がここで苦しんだのか、想像するだけで背筋が冷える。

拷問器具ごうもんきぐの先には壁一面に広がる棚。

そこに並ぶ不可解な人形の数々。

首のないフランス人形、手足を削ぎ落とされた鹿しかゆがんだ顔のまま固まったものや、何かを抱えたまま動けなくなったものなど。

どれも普通の人形じゃなかった。

どれも、何かの末に生まれたものだと、見ただけでわかった。

その中の一体に、目が引き寄せられた。

着物姿の日本人形にほんにんぎょう

白い顔に、片目だけがなかった。

眼窩がんかがぽっかりと空いていて、もう片方の目だけがまっすぐこちらを向いている。

口元には血がにじんでいて、泣いているような表情のまま固まっていた。

なぜかその人形から、どうしても目が離せなかった。

「気に入ったか」

男とも女とも受け取れる声が後ろから響く。

俺は咄嗟とっさに後ろを振り向く。

女性なのか男性なのか分からない、子供なのか大人なのか分からない、深くフードを被った人影ひとかげが、そこに立っていた。

「ここはどこですか」

自分の声が、妙に遠く聞こえた。

人影は答えなかった。

ただゆっくりと棚に近づき、あの日本人形をそっと手に取る。

そして何も言わずに、こちらへ差し出した。

受け取るつもりはなかった。

それでも手が動く。

人形は思ったより軽く、冷たかった。

手に収めた瞬間、何かが胸の奥に触れた気がした。

温度のない、それでいて確かな何かが。

「お前も、……したいことがあるだろう」

人影の声が、耳の奥に染み込んでくる。

答えようとした瞬間、意識が遠くなった。

目が覚めると、自分の部屋のベッドの上にいた。

両手の中に、あの日本人形があった。

夢が夢でなかったことを、それだけが証明していた。

カーテンの隙間すきまから朝日が差し込む。

鳥の声が、遠くから聞こえた。