部屋に帰り着いた時、時計は深夜一時を回っていた。
靴を脱ぐ気力もない。
玄関に座り込んで、しばらく動けなかった。
頭の中で剛山の声が繰り返される。
運が悪かった。ただ、それだけだ。
何度も、何度も。
笑っていた。
あの顔で。
俺の人生をめちゃくちゃにしておいて、奢ってやると言って。
怒りなのか、悲しみなのか……今までに感じたことのない感情が、胸の奥で煮えたぎっている。
翌朝、携帯が鳴る。
——東和証券。
画面を見た瞬間、電源を切った。
飯を食う気にもなれない。
水だけ飲んで布団に潜り込む。
でも眠れなかった。
天井を見つめたまま、時間だけが過ぎていく。
2日目。
カーテンを閉めると、部屋が暗くなる。
暗くていい。
暗い方がよかった。
棚の上の人形がこちらを向いている。
片目の空洞が、暗闇の中でも存在を主張していた。
何かを訴えているような、その視線から目が離せなかった。
3日目。
怒りが消えなかった。
眠れなかった。
飯も食えなかった。
剛山を、絶対に許さない。
その言葉が頭の中で弾けた瞬間、視界が暗くなった。
見覚えのある拷問器具。
見覚えのある、棚に並んだ数々の人形。
床に、両手足を鎖でがんじがらめにされた女。
夢の中で見た、あの悪女だ。
その前に立つのは、その悪女に殺されたはずの女。
片目から血を滲ませ、この世のものとは思えない憎悪をその顔に宿している。
夢の続きなのか、それとも別の何かなのか。
考える余裕もなく、俺はただそこに立っていた。
鋭い怒りの眼差しと、右手に握られた鋭い千枚通し。
女がゆっくりと悪女へ歩み寄る。
「な、なぜそなたが……」
悪女の顔が歪む。
震える声。
「ここは……ここはどこだ。なぜわらわが鎖で——」
「お前だけは、許さない」
静かな声。
でもその言葉の奥に、全てが詰まっている。
"――グサッ――"
一瞬——迷いなく悪女の目に千枚通しが刺さる。
「ひっ——」
悲鳴が館に響く。
悪女が鎖を引きちぎろうともがく。
でも動けない。
「ち、違うのです。わらわは、ただ——」
女は聞いていなかった。
棚から湯呑を取り、附子を取り出す。
静かに、丁寧に、粉を溶かしていく。
その手は一切震えていない。
「お待ちを。お待ちくださいまし。わらわが悪うございました。何でもいたします。命だけは——」
目が、一瞬悪女に向く。
感情のない、怒りでも憎しみでもなく、ただ虚ろな目。
それがかえって恐ろしかった。
開口器具が悪女の口に差し込まれる。
「んっ——んんっ——」
声にならない悲鳴。
湯呑が傾けられ、附子が喉の奥へ流し込まれる。
しばらくして、悪女の体が震え始め、じわじわと毒が回っていく。
体が弓なりに反り返り、泡を吹きながら床に崩れ落ち、鎖が、ゆっくりと弛んでいく。
女がゆっくりと振り返る。
片目から血を滲ませたまま、こちらを見ていた。
怒りの残り火が、その目の奥で燃えている。
「そなたも……復讐を、望むか?」
声は静かだった。
でもその言葉の重さが、全身に染み込んでくる。
俺は、女の目をじっと見て、ゆっくりと深く、憎しみを訴えるかのように頷いた。
黒猫が、闇の中で目を光らせていた。