復讐の館 表紙

復讐の館

1人目「運が悪かった、ただそれだけだ」

第五章:憎しみの継承

部屋に帰り着いた時、時計とけいは深夜一時を回っていた。

靴を脱ぐ気力もない。

玄関に座り込んで、しばらく動けなかった。

頭の中で剛山の声が繰り返される。

運うんが悪かった。ただ、それだけだ。

何度も、何度も。

笑っていた。

あの顔で。

俺の人生をめちゃくちゃにしておいて、奢おごってやると言って。

怒りなのか、悲しみなのか……今までに感じたことのない感情が、胸の奥で煮えたぎっている。

†

翌朝、携帯が鳴る。

——東和証券。

画面を見た瞬間、電源を切った。

飯を食う気にもなれない。

水だけ飲んで布団に潜り込む。

でも眠れなかった。

天井を見つめたまま、時間だけが過ぎていく。

2日目。

カーテンを閉めると、部屋が暗くなる。

暗くていい。

暗い方がよかった。

棚の上の人形がこちらを向いている。

片目の空洞が、暗闇の中でも存在を主張していた。

何かを訴えているような、その視線から目が離せなかった。

3日目。

怒りが消えなかった。

眠れなかった。

飯も食えなかった。

剛山を、絶対に許さない。

その言葉が頭の中で弾はじけた瞬間、視界が暗くなった。

†

見覚えのある拷問器具ごうもんきぐ。

見覚えのある、棚に並んだ数々の人形。

床に、両手足を鎖くさりでがんじがらめにされた女。

夢の中で見た、あの悪女あくじょだ。

その前に立つのは、その悪女に殺されたはずの女。

片目から血を滲にじませ、この世のものとは思えない憎悪ぞうおをその顔に宿している。

夢の続きなのか、それとも別の何かなのか。

考える余裕もなく、俺はただそこに立っていた。

鋭するどい怒りの眼差しと、右手に握にぎられた鋭するどい千枚通せんまいどおし。

女がゆっくりと悪女へ歩み寄る。

「な、なぜそなたが……」

悪女の顔が歪ゆがむ。

震える声。

「ここは……ここはどこだ。なぜわらわが鎖くさりで——」

「お前だけは、許さない」

静かな声。

でもその言葉の奥に、全てが詰つまっている。

"――グサッ――"

一瞬——迷いなく悪女の目に千枚通せんまいどおしが刺さる。

「ひっ——」

悲鳴が館に響く。

悪女が鎖くさりを引きちぎろうともがく。

でも動けない。

「ち、違うのです。わらわは、ただ——」

女は聞いていなかった。

棚から湯呑を取り、附子ぶしを取り出す。

静かに、丁寧ていねいに、粉を溶かしていく。

その手は一切震えていない。

「お待ちを。お待ちくださいまし。わらわが悪うございました。何でもいたします。命だけは——」

目が、一瞬悪女に向く。

感情のない、怒りでも憎にくしみでもなく、ただ虚うつろな目。

それがかえって恐ろしかった。

開口器具かいこうきぐが悪女の口に差し込まれる。

「んっ——んんっ——」

声にならない悲鳴。

湯呑が傾けられ、附子ぶしが喉の奥へ流し込まれる。

しばらくして、悪女の体が震え始め、じわじわと毒が回っていく。

体が弓なりに反り返り、泡を吹きながら床に崩れ落ち、鎖くさりが、ゆっくりと弛ゆるんでいく。

女がゆっくりと振り返る。

片目から血を滲にじませたまま、こちらを見ていた。

怒りの残り火が、その目の奥で燃えている。

「そなたも……復讐フクシュウを、望むか?」

声は静かだった。

でもその言葉の重さが、全身に染み込んでくる。

俺は、女の目をじっと見て、ゆっくりと深く、憎にくしみを訴えるかのように頷うなずいた。

黒猫が、闇の中で目を光らせていた。